日本透析医学会「腹膜透析ガイドライン2019」第六章ポイントより引用
1)腹膜炎の診断
診断
- 腹膜炎は、①腹痛あるいは透析排液混濁,②透析排液中の白血球数が100/μL以上または0.1×109/L以上(最低2時間の貯留後)で多核白血球が50%以上、③透析排液培養陽性のうちの少なくとも2つを満たす場合に診断する。
- APDの患者では、好中球の比率が50%以上であれば、たとえ白血球数が100/μL以下であっても腹膜炎と診断する。
腹膜炎が疑われる場合には透析液を排液させ、排液外観を注意深く観察した後、分画を含めた細胞数、グラム染色、培養検査へ提出しましょう。ISPD腹膜炎ガイドライン2016では、排液混濁を呈したPD患者は腹膜炎であると考え、診断が確定するまで、もしくは別の要因(好酸球性腹膜炎、Ca拮抗薬などの薬剤性白濁、乳糜腹水など)での排液混濁と鑑別診断がつくまでは腹膜炎治療を継続することを推奨しています。
また、腹痛がなく排液混濁に気づかない場合,診断が大幅に遅れることがありますので、日常での排液の観察が大切です。
2)起因菌の検査方法
起因菌の同定
- 起因菌の同定は、感染原因の推測、抗菌薬の選択、その後の予防法対策において極めて重要である。
- PD排液の細菌培養には血液培養ボトルを使うことが望ましい。
- 透析液を遠心分離した後に培養すれば、細菌検出率を高めるだけではなく培養陽性までの時間を短縮しうる。
血液培養、固形培地培養の両方の検体処理を併用することで、培養陰性率は5%未満にできると言われています。固形培地は好気性、嫌気性、微好気性で培養します。透析液の遠心分離後の培養は、細菌検出率を高めるとともに、培養陽性までの時間を短縮することができます。また、培養開始後3日以内で75%以上の症例で、微生物学的診断を確定します。培養開始後3~5日経過しても培養陰性の場合、PD排液の細胞数、分画を再測定するとともに、特殊培養(真菌・抗酸菌培養)を実施しましょう。培養陰性率が15%以上の場合は、検体採取方法と培養方法を見直すことが推奨されます。
3)腹膜炎の治療
経験的な抗菌薬治療
- 起因菌同定のための検体を採取したら速やかに抗菌薬の経験的治療を開始する。
- 経験的治療ではグラム陽性菌に対する第1世代セファロスポリンとグラム陰性菌に対する第3世代セファロスポリンもしくはアミノグリコシドを投与する。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染に対してはバンコマイシンを投与する。
- 培養結果と感受性が判明したのちは、適切な抗菌薬に変更して適切な治療期間を行う。
細菌学的検査のための検体を採取したら、できるだけ早く抗菌薬治療を開始し、グラム陽性菌とグラム陰性の両方をカバーする広域スペクトルの抗菌薬を開始します。抗菌薬は患者および施設での感染履歴や感受性パターンに基づいて選択することが重要です。
広域スペクトルの抗菌薬投与継続は耐性菌の出現リスクを高めるため、培養結果と感受性が判明したら、より適切な抗菌薬に変更することが肝要です。
日本透析医学会「腹膜透析ガイドライン2019」第六章よりバクスターが作図
腹膜炎治療で推奨される腹腔内への抗菌薬の投与量日本透析医学会「腹膜透析ガイドライン2019」第六章より引用
間欠投与 (1日1回) | 連続投与 (すべての交換毎) | |
---|---|---|
アミノグリコシド | ||
アミカシン | 2 mg/kg/day | LD 25 mg/L、MD 12 mg/L |
ゲンタマイシン | 0.6 mg/kg/day | |
トブラマイシン | 0.6 mg/kg/day | |
セファロスポリン | ||
セファゾリン | 15 – 20 mg/kg/day | LD 500 mg/L、MD 125 mg/L |
セフェピム | 1,000 mg/day | LD 250–500 mg/L、MD 100–125 mg/L |
セフォペラゾン | データなし | LD 500 mg/L、MD 62.5 – 125 mg/L |
セフォタキシム | 500 – 1,000 mg/day | データなし |
セフタジジム | 1,000 – 1,500 mg/day | LD 500 mg/L、MD 125 mg/L |
セフトリアキソン | 1,000 mg/day | データなし |
ペニシリン | ||
ペニシリンG | データなし | LD 50,000 unit/L、MD 25,000 unit/L |
アモキシシリン | データなし | MD 150 mg/L |
アンピシリン | データなし | MD 125 mg/L |
アンピシリン / スルバクタム | 2 g/1gを12時間毎 | LD 750 – 1,000 mg/L、MD 100 mg/L |
ピペラシリン / タゾバクタム | データなし | LD 4 g/0.5 g、MD 1 g/0.125 g |
その他 | ||
アズトレオナム | 2g/day | LD 1,000 mg/L、MD 250 mg/L |
シプロフロキサシン | データなし | MD 50 mg/L |
クリンダマイシン | データなし | MD 600 mg/バッグ |
ダプトマイシン | データなし | LD 100 mg/L、MD 20 mg/L |
イミペネム / シラスタチン | LD 250 mg/L、MD 50 mg/L | |
オフロキサシン | データなし | LD 200 mg、MD 25 mg/L |
ポリミキシンB | データなし | MD 300,000 unit(30 mg)/バッグ |
キヌプリスチン/ダルホプリスチン | バッグ交換する毎に25mg/L a | データなし |
メロペネム | 1g/day | データなし |
テイコプラニン | 15mg/kgを5日毎 | LD 400 mg/バッグ、MD 20 mg/バッグ |
バンコマイシン | 15–30 mg/kgを5–7日毎 b | LD 30 mg/kg、MD 1.5 mg/kg/袋 |
抗真菌薬 | ||
フルコナゾール | IP 200 mgを24–48時間毎 | データなし |
ボリコナゾール | IP 2.5 mg/kg/day | データなし |
LD:初回投与量、 MD: 維持投与量
a: 1日2回の500 mg を静脈内投与と併せて実施
b: APD患者では補助投与が必要かもしれない
抗菌薬の投与経路
抗菌薬の投与経路としては,静脈内投与に比べ腹腔内投与では腹腔内濃度が高くなるためISPD腹膜炎ガイドライン2016では後者を推奨していますが、本邦では2019年現在,腹腔内投与については保険適用がありませんので、使用にあたっては注意が必要です。
腹腔内抗菌薬は通常、間欠投与(1日1回)が行われますが、抗菌薬が十分に吸収されるためには少なくとも6時間以上の腹腔内貯留が必要といわれています。
APDで治療している患者ではサイクラーによる透析液の頻回交換のため抗菌薬腹腔内濃度が不十分になる可能性がありますので、腹腔内抗菌薬投与の場合は一時的にAPDからCAPDに変更することを検討しましょう。
腹膜炎治療に推奨される抗菌薬の全身投与量日本透析医学会「腹膜透析ガイドライン2019」第六章より引用
薬剤 | 投与方法 |
---|---|
抗菌薬 | |
シプロフロキサシン | 経口250 mgを1日2回 a |
レボフロキサシン | 経口250 mg/day |
リネゾリド | IVもしくは経口600 mg を1日2回 |
モキシフロキサシン | 経口400 mg/day |
リファンピシン | 体重50 kg未満:450 mg/day、体重50 kg以上:600 mg/day |
トリメトプリム/スルファメトキサゾール | 経口160 mg / 800 mg を1日2回 |
抗真菌薬 | |
アムホテリシン | 開始容量:IVテスト量1 mg; 開始6時間後から:0.1 mg/kg/day; 維持量まで増加するために4日目から:0.75 – 1.0 mg/kg/day |
カスポファンギン | 開始容量:IV70 mg、その後50 mg/day |
フルコナゾール | 開始容量:経口 200 mg、その後50 – 100 mg/day |
フルシトシン | 経口1 g/day |
ポサコナゾール | 経口200 mgを12時間毎 |
a GFRが5 mL/min 以上の残腎機能があれば、シプロフロキサシン500mgを1日2回とする
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