1)概要
(1)定義
びまん性に肥厚した腹膜の広範な癒着により、持続的、間欠的、あるいは反復性にイレウス症状を呈する症候群。形態学的には、腹膜の肥厚を生じ、病理組織額的には硬化性腹膜炎(sclerosing peritonitis)の所見を認める。
病理学的な所見はその確定診断には必要でなく、定義からすれば腸閉塞症状を呈さないものはEPSとは診断されない
SEP診断基準 (案) – 1997年改訂より 野本保夫, 他. 透析会誌 31( 4 ) 303-311
EPSとは、腹膜透析(PD)療法の継続に伴って腹膜が劣化し、その劣化した腸管腹膜(臓側腹膜)が癒着するとともに、フィブリンを主体とした炎症性被膜により覆われ、その被膜が強固になることにより腸管蠕動が著しく妨げられ、持続的、間欠的あるいは反復性に腸閉塞症状を呈する症候群であり、生命に関わるPDの最も重篤な合併症です。
(2)EPSに関する主な報告(発症率)
Slingeneyer, 1987 |
Oules, 1988 |
Rigby, 1998 |
Nomoto, 1996 |
Kawanishi, 2000 |
Nakamoto, 2002 |
Kawanishi, 2004 |
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EPS例 | 68 | 55 | 54 / 7374 | 124 / 7343 | 106 / 3760 | 256 / 11549 | 48 / 1958 |
発生率 | - | 0.03% - 0.31% |
0.7% | 1.7% | 2.8% | 2.2% | 2.5% |
EPS例の平均 PD期間(月) |
22.8±14.4 | 30.1 (6-78) |
52 (8-127) |
82.9 | 87 (4-198) |
99.6 (10-168) |
114 (36-201) |
PD中止後のEPS | 66% | - | - | 54% | 85% | - | 68.8% |
EPS発症の主な 理由 |
腹膜炎 酢酸透析液 |
クロルヘキシジン | 腹膜炎 長期PD |
長期PD | 長期PD | 長期PD | 長期PD |
死亡率 | 60%(4ヶ月) | 69% | 56% | 31.5%(1yr) 41.7%(2yr) 62%(3yr) |
27%(1yr) 42%(2yr) |
39.1% | 22.9%(1yr) 35.4%(2yr) |
Epidemiology of EPS, Perit Dial Int 25, Suppl4, s83-95 ,2005. 一部改編
これまでのわが国の検討では、その発症頻度は2.5%(3.18/1,000患者・年)であり、腹膜透析(PD)歴に従って発症は増加しています。特に8年以上で有意に発症率が増加し、PD期間が長い症例ほど予後が不良となります(致死率:37.5%)。しかし、中性PD液の使用等の多面的な取り組みによる腹膜傷害の低減化、EPSの発症率低下および軽症化が期待されており、NEXT-PD*の結果では、EPS発症率は1.0%に減少しました。
* Nakayama M, et al. Perit Dial Int. 2014; 34(7): 766-774.
(中山昌明, 寺脇博之. 透析医会雑誌. 2013; 28(1): 140-145.)
(3)EPSの発症機序および要因
Pathology of EPS, Perit Dial Int 25, Supplement 4, 2005.
EPSの原因は複雑に入り組んでおり、正確な発症機序は明らかとなっておりません。短期腹膜透析(PD)症例で発症する場合は腹膜炎の合併が、長期になって発症する場合は透析液による腹膜劣化の影響が大きいと考えられています。特に長期腹膜透析(PD)に多く合併し、透析液による腹膜劣化と、残存腎機能の低下に伴った尿毒症状態が基盤となって発症するといわれています。
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Epidemiology of EPS, Perit Dial Int 25, Suppl4, s83-95 2005. 一部改編
EPSの一部で、発症に細菌性腹膜炎が関与する症例がみられます。炎症、特にPD腹膜炎を合併すると、さらに透過性が亢進して大量のフィブリンが析出し、急速に被膜が形成されてEPSが発症すると考えられています。このとき腹膜劣化の程度が軽ければ、たとえ炎症が起こって大量のフィブリンが析出しても、腹膜表面に被膜は形成されずEPSとはなりません。逆に、腹膜劣化が高度な際には、軽微な炎症によっても容易に被膜が形成されてEPSが発症すると考えられています。
(4)EPSの臨床症状
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Diagnosis and treatment of EPS, Perit Dial Int 25, Suppl4, s83-95 ,2005. 一部改編
長期腹膜透析(PD)や腹膜炎により高度の腹膜劣化をきたしている患者が、血液透析に移行または腎移植を行った際には、カテーテルを抜去して腹膜透析(PD)を中止すること自体がEPS発症の引き金となる可能性を念頭に置く必要があります。
【症例】酸性液時代の長期の腹膜透析(PD)継続に伴う腹腔内の変化
丹野有道、2011、「腹膜透析療法マニュアル」、東京医学社、P201-208
腹膜中皮細胞が剥離・消失し、線維化が進行して腹膜肥厚が起こります。 また、腹膜毛細血管の新生に伴って腹膜透過性が亢進します。 これらの新生血管では、フィブリンなどの大分子物質の透過性も亢進して、肥厚線維化した腸管腹膜(臓側腹膜)の表面にフィブリンの被膜が形成されます。
【症例】
丹野有道、2011、「腹膜透析療法マニュアル」、東京医学社、P201-208
被膜と変性腹膜の間にびまん性で石灰沈着が起こり、腸閉塞症状が出現する。
腹膜肥厚と被膜形成は必ずしも相関するものではなく、症例によって異なるため、EPSの診断には被膜の確認が必要である。
腹膜透析(PD)施行中だと、析出したフィブリンが透析液とともに洗い流されるため、被膜形成は軽度となるが、PD中止後はフィブリンが腹腔内にたまって被膜形成が加速すると考えられている。わが国のEPS例の70%は腹膜透析(PD)離脱後に発症している。